プレカリアートユニオンブログ

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山田結婚相談所「非正規は結婚できないって本当ですか。」 第5話 「女性は、子供ができると仕事を辞めるって本当ですか、山田先生。」

山田結婚相談所「非正規は結婚できないって本当ですか。」
第5話 「女性は、子供ができると仕事を辞めるって本当ですか、山田先生。」
道用和男

前回までのあらすじ
山田が所長を務める山田結婚相談所に、友人の木下(29歳、派遣労働者)がやって来た。去年の年収が140万円だった木下は、結婚できるのかどうか不安だという。そこで山田が独身女性の結婚観を解説した。調査によると東京都では独身女性の66%が結婚相手に年収400万円以上を望み、39%が年収600万円以上を望んでいるという。稼ぎの少ない木下は、夫婦二人が働いて250万円ずつ稼ぎ、家事も夫婦で同じくらい分担するライフスタイル「木下プラン」を提案した。これなら結婚できると木下は言う。しかし女性の低賃金のため、現状では夫婦共稼ぎでも年収500万円には達しないと山田は指摘する。そして賃金差別訴訟を取り上げ、同僚の男性と同じ働きでも女性は昇進が遅く、低賃金に抑えられていることを示した。問題解決のために、男女雇用機会均等法の罰則強化や、雇用均等室への監督・取締り権限の付与・増員、同一価値労働同一賃金原則の法制化と監督体制の新設を山田は提案した。

■夫婦対等に稼ぐという木下プランは、実現が難しい。
【木下】男の稼ぎが少なくても、「この人と結婚してもいいかな。二人で働けばいいんだから」って女の人が考えるようになるには、女性の給料を上げなきゃいけない、女性差別をなくさなきゃいけないってことは分かりましたけど、一体いつになったら差別がなくなるんですか、先生。法律を作ったり、新しい制度を作ったり、けっこう時間がかかりますよね。女の人もちゃんと評価されて、仕事に応じた給料が貰えるなんてことは、いつんなったらできるんですか。ずっと先の話でしょ。僕の結婚には間に合いませんよー。80のジイさんになった頃、「派遣でも結婚できる社会になった」なんてのはガッカリですよ。
【山田】木下くんが言っている、派遣社員やパートでも夫婦二人で働けば年間500万円くらい稼ぐことができて、それで生活するっていうプランは、気持ちはわかるけど、実現はなかなか難しいだろうね。例えば「木下プランを支持する議員が国会で多数を占める」とか、「労働組合の組織率が80%を超えて、差別制度廃止の要求を経営者に飲ませる」なんてことは、当分起こりそうにもないし。社会制度を変えるとか社会規範が変わるっていう話は、個人の力じゃどうにもならないからね。冗談だが、この時代の日本に生まれたってことが、木下くんの不運だったねえ。
【木下】それは冗談にならないっすよ、先生。なんとかならないんですか。
【山田】うーん。木下プランの実現っていう話は難しいから、すまないが、ちょっと脇に置いておこう。

■子供ができると、女性パートは仕事を辞める。
【山田】実は木下プランにはもう一つ問題があってね。このプランでは家事・育児も女性だけに任せず、男性も同じように負担するんだったよね。そこがとても重要なんだが、現状では男性はほとんど家事をしていないんだ。だからかなり多くの女性が出産を機に仕事を辞めているんだよ。子供が生まれると家事・育児の負担が非常に重くなるからね。
【木下】へえ、そうなんですか。育児が大変だっていうことはよく聞くけど、仕事を辞めなくちゃならないほど大変なんですね。
【山田】2010年の調査では、一人めの子供を生んだ後も仕事を続けたという正社員(※1)は52・9%で、仕事を辞めたという正社員は47・1%だったんだ。これがパート・派遣社員では、仕事を続けた女性は18%で、辞めた女性は82%なんだ。パートが辞める原因の一つには、パート・派遣社員育児休業を取っていないことにあるだろう。まあ「取っていない」のではなくて、会社の経営方針や上司の圧力などで、「取りたくても取れない」のだろうけれど(※2)。この本にはこんな例も載っていて、ちょっと読み上げるよ。正社員の例だけど。
・あるプロジェクトが立ち上がるときに参加希望が取られたが、女性に対しては「数年間妊娠してもらっては困る」と面接で言われた。
・妊娠・子育て中なのに新幹線通勤を強いられる。…(中略)異動できないといえば昇進ができない。
・人員削減の中、休暇が取りにくくなっている。育児に関わる休暇は何とか認めてもらっているが、育児以外での年休を申請すると「ただでさえ迷惑をかけているくせに」と言われ心が痛む。
・正社員で働いていたときに子供を妊娠したら「おろせないか」と言われ、会社を辞めた。
日本婦人団体連合会編『女性白書2011』ほるぷ出版、2011年)
【木下】妊娠のことまで会社が指図するのか。「おろせないか」なんて。なんという上司だ!
【山田】暗澹たる気持ちになるね。これは2011年に行われた調査でわかったことなんだが、いったいいつの時代の話かって思うよ。で、育児休業の話に戻すけど、育児休業の取得率を見てみると、女性正社員では43・1%が取得している(ここでの女性正社員は、仕事を続けた人・辞めた人の双方を含む)。仕事を続けた正社員に限るとこれが81・5%となる(※3)。ところがパート・派遣社員育児休業を取った女性はたったの4%しかいない。(仕事を続けた人・辞めた人の双方を含む。仕事を続けたパート・派遣社員に限ると取得率は22・2%になる。)(国立社会保障・人口問題研究所「第14回出生動向基本調査(結婚と出産に関する全国調査)」2011年)これではパートにとって育児休業制度はないも同然。「妊娠したら仕事を辞めろ」と言わんばかりの数字だ。そして仕事を辞めれば、当然のことながら収入も失うことになる。
※1:資料での表記は「正規の職員」
※2:氷山の一角だろうが、雇用均等室への労働者からの相談件数を示す。男女雇用機会均等法第9条関係(婚姻、妊娠・出産等を理由とする不利益取扱い)の相談は、2011年度は3429件で、2009年度・2011年度は3500件を上回っている。育児・介護休業法での育児関係(第10条育児休業に係る不利益取扱いなど)の相談は、2011年度は4964件で、2010年度は4600件を上回っている。
※3:産前・産後休業の取得率は、仕事を続けた女性正社員では81・8%。

■女性が仕事を辞める理由は、家事・育児の負担が重いから
【木下】嫁さんに仕事を辞められると困るなあ。僕のプランでは夫婦二人で働くってことが前提だからなあ。子供ができても何とか嫁さんに働いてもらわないと。
【山田】現状では家事・育児が非常に大変なんだ。あるシンクタンクが妊娠・出産前後に退職した女性正社員に退職理由を尋ねたんだが、一番多かったのは「家事・育児に専念するために自発的にやめた」という理由で、女性社員の39%がこう答えている。次に多かったのが「仕事を続けたかったが、仕事と育児の両立の難しさでやめた」という理由で、全体の26・1%だったんだ。(「解雇された、退職勧奨された」とする女性正社員は全体の9・0%だった。)(三菱UFJリサーチ&コンサルティング「両立支援に係わる諸問題に関する総合的調査研究」2008年)
【木下】でもそれって同じような理由ですよね。両方とも家事・育児が大変だってゆーことですよね。
【山田】そうなんだ。そこで両者を合わせてみると65・1%になる。つまり妊娠・出産で会社を辞めた正社員のほぼ3分の2が、家事・育児の負担を理由にしているんだ。この調査結果からも、公的育児支援が足りず、夫が家事労働を負担しないなかで、妻たちは「家事・育児に専念する」生活を選ばざるを得ないって状況がわかるよね。(第6話に続く)