プレカリアートユニオンブログ

労働組合プレカリアートユニオンのブログ。解決報告や案件の紹介など。

労働組合が実践すべき非正規労働者の均等・均衡処遇活用法。全国ユニオン2020春闘セミナー・中野麻美さん(弁護士)の講義から

 日本の賃金システムには様々な差別が織り込まれていて、その差別は雇用の問題に加え、賃金格差という形で表出します。11月30日に行われた全国ユニオン2020年春闘セミナーは、鈴木会長の挨拶に続いて、中野麻美弁護士による「均衡・均等処遇 実践活用法」により幕を開けました。

賃金差別は非正規差別だけじゃない
 賃金差別の問題というと、労働契約法20条などを巡って争われる非正規差別が代表的です。しかし、同じ正社員でも男女間の給与格差があることは広く知られていますし、非正規でも時給の男女差がはっきりと見られるのだそうです。日本型の長期雇用システムの適応を受ける男性労働者のみが高い給与を得ることができ、その他の者の賃金水準は低く抑えられているといえます。

「正規」の「男性」のみにプレミアがついていく
 日本型長期雇用制度では、長く職能給が用いられてきました。職能等級に応じて賃金が決定される仕組みですが、職能等級は勤続年数と連動しています。長く努めて経験を積んだ分、能力が高くなっていると考えるのです。これが、年功序列型賃金体系の裏付けになっています。日本の雇用慣行において、女性社員は比較的若い年齢での退職を前提とされている為、正規雇用の男性だけ賃金にプレミアが付いていくという不平等な人事考課につながっています。

女性の賃金差別の元凶は人事システム
 労働者は、育成期(基礎業務の処理)→自立期(応用業務の処理)→指導職(仕事を教えチームをリード)の3段階を経て、管理職へと成長(昇進)するという日本式労務管理の考え方があります。新卒をスタートとして、はじめの数年は育成期、20代後半から30代の前半頃までが自立期、そして、その後に指導職へと進んでいきます。自立期以降の働き方は、仕事に自由が効かず、労働時間が長く、転勤の負担を強いられることもあります。しかし、女性はこの自立期から指導職までの間に結婚や出産・育児などの負担がのしかかり、仕事からの離脱を余儀なくされるのです。「女性は出世できても指導職まで」という人事システムが、男女間の賃金格差を生んでいます。

新卒正社員主義の弊害
 また、結婚出産などで一度職場を離脱した女性が、数年後、再び働こうと考えた時に待っているのは非正規の仕事です。日本の社会は新卒一括採用主義に縛られており、一度正社員の道を踏み外してしまうと、残る選択肢はほとんど非正規のみとなってしまいます。転職をするにしても年単位のブランクは致命傷になってしまいます。こうして、結婚出産を境に女性労働者は理不尽な賃金差別にさらされます。また、同様に大学卒業時に不況等で就職ができなければ、一生賃金によって差別され続けてしまうといった所謂「ロスジェネ」の問題もこの考え方による弊害のひとつです。

世界的有数の格差、深刻なシングルマザーの困窮
 OECDによる「子供の有無による男女賃金格差の比較統計」によれば、日本は母親であることが最も「高く付く」国であり、男性労働者との比較で賃金において世界一の格差があるそうです。「女性は結婚して家庭に入る」という昔ながらのジェンダー差別が、未だに払拭されていないことが数値的にも明らかになっているのです。実際には、母親だけで働きながら子供を育てていかない家庭が増え続けています。日本のシングルマザーの困窮は深刻で、早急に解決しなければならない日本の社会問題のひとつです。

格差是正のための法改正…だが
 賃金の差別は非正規、パートであることや職種などを理由として行われます。非正規制期間差別、パートフルタイム差別を是正するために、パート有期雇用法が来春施行されます。世間的には格差解消のために一歩前進したと捉えられていますが、中野弁護士は「前進」という評価は正しいのか、と疑問を呈しています。この法律には相当な「穴」があるのだといいます。

パート有期雇用法の様々な問題点
 労働基準法には「この法律を根拠として労働条件を引き下げてはいけない」、旨の規定が置かれていますが、パート有期雇用法にはそれがありません。つまり「平等」を大義名分に、この法律の下、正社員の待遇を引き下げ、非正規並みにするという低い方に合わせる賃金改定が強行されてしまうおそれがあるのだそうです。また、格差が違法である場合の契約修正規定がないことや、「格差が不合理であること」を労働者側が証明する必要がある点なども大きな問題です。

非正規・正規の格差は差別ではない?
 パート有期雇用法は正規・非正規の格差を「差別」と捉えているわけではない、と中野弁護士は解説しました。待遇格差に係る「合理性判断要素」には日本型雇用システムによる契約区分要素が組み込まれており、「雇用慣行が構造化した差別」に対してはまるで「見てみないふり」をしているかのようだというのです。

「この程度で我慢しろ」ということ!?
 「雇用慣行が構造化した差別」とは具体的にどんなものなのでしょうか。本来、雇用の安定は誰にでも保証されなければなりません。しかし、司法はそれを「企業の長期貢献期待」と言い換えて非正規には認めていません。また、どんなに重要な役割を果たしている場合であっても、まずは非正規から首切りをしなければならないという解雇制限法理・雇用打ち切り法理も承認されています。正規雇用者には包括無定量な労働とその報酬としての「世帯賃金(家族を養える程度の賃金)」を支給し非正規はその枠に当てはまらないので低賃金を強いる。これらにより、死ぬほど働かなければ生きていけない人権を否定された「身分」としての非正規の存在が位置づけられているのです。これらのことは、非正規雇用の労働者に対し「身分をわきまえ、この程度で我慢しろ」と言っているようなものなのです。

権利を「絵に描いた餅」にしないためのツール
 パート有期雇用法には様々な問題がありますが、正規・非正規の待遇差の内容や理由に対する説明義務を負わせたという点では1歩前進といえます。裁判所は待遇差別の立証責任を労働者に負わせていますが、本来待遇を決定した使用者がこれを負うのが筋です。説明責任と立証責任とは異なりますが、格差の合理性を説明できない限り是正が求められるという考え方に結びつけることができ、手持ち証拠の提出責任や間接反証の幅に影響を及ぼす可能性もあります。説明義務だけでは差別の根本的な解消には繋がりませんが、権利を「絵に描いた餅」にしないための有効なツールにはなり得ます。

労働組合の団体交渉がカギ
 中野弁護士は、「格差是正のカギは労働組合の団体交渉にある」ことを強く語りました。今回のパート有期雇用法が、法律のみでは労働者の権利を十分に担保し得ないものであるならば、労働組合がそれを武器として活用し、権利獲得のために戦わなければなりません。もとより、使用者には団体交渉における誠実な話し合いが義務付けられています。今回の改正により格差の説明義務が明示されたことで、より具体的に賃金体系に含まれる格差構造を分析し、改善を迫ることが可能になったのだといいます。

賃金格付けの仕組みと要素
 賃金を分解した結果、正規雇用の賃金には生活保障給が含まれているが、非正規には含まれていないということは往々にしてあります。この場合、「なぜ非正規は生活保障される必要がないと考えるのか」の説明を求め是正解消を求めることが効果的です。また、賃金は職能(年功)と職務(仕事内容)により決定されます。賃金構造や格差の原因に対する説明を求めた結果、会社が「職能」により格差が生じていると主張した場合はなぜ非正規には年功貢献がないと言えるのかを、職務と答えた場合はどうしてそのような職務評価を行っているのかを説明させるのも有用です。職務評価制度を導入しているほとんどどの企業が、実際に職務評価をしていないという大きな「穴」があります。

法律を武器に差別的労働条件を是正させよう!
 制度に巧妙かつ複雑に練り込まれた差別を暴き出し、平等な評価に基づく適正な労働条件を勝ち取ることは私たち労働組合に課せられた使命です。権利を獲得するためには、パート有期雇用法をしっかりと武器として活用していくことがとても重要だと実感しました。

稲葉一良(書記次長)

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