実態ない概念のねつ造を丹念に解き明かす
『「在日特権」の虚構 増補版 ネット空間が生み出したヘイト・スピーチ』
(野間易通著/河出書房新社)
皆さんは、「在日特権」という言葉を聞いたことがありますか。愛国者を語る差別的な集団などが特定の在日外国人を攻撃するときに使う言葉です。著者は「レイシストをしばき隊」を結成し、新大久保などで行われていた排外デモへのカウンターを行っていた野間易通氏です。「在日特権」とは具体的に何かというところからして、誰も正確に定義できないほどいい加減なものなのだといいます。本書ではそんないい加減なレッテル貼りをしてレイシズムを助長させる「在日特権」の虚構について解説しています。
■「在日特権」のウソ
冒頭にも述べましたが、「在日特権」の「特権」の部分は一体何を指すのでしょうか。在日特権を許さない市民の会(以下、在特会)のホームページではなくしていくべき在日特権として、「特別永住資格」「朝鮮学校補助金交付」「生活保護優遇」「通名制度」の4つが挙げられているようです。これらはみな、実体を伴わなかったり、背景を全く無視したこじつけから来る、差別を正当化するためのレッテル張りでしかないと著者は主張します。ちなみに、在特会の会長である桜井誠には本書執筆当時4冊の著書があったとされていますが、直接的に在日特権をテーマにした本は1冊もありません。在特会の会長ですら在日特権についてどんなものであるかハッキリと論じることができないのです。
■生活保護に在日優先枠などない
先に挙げた在日特権とされている事柄について、「生活保護」の話はもしかしたらネットなどで目にした方もいるかもしれません。在日コリアンが生活保護の優遇を受けているという話は、明らかな誤りであるばかりか、彼らの置かれた境遇を反映しているものです。本書では『マンガ嫌韓流』で示されていた「日本人は100人にひとりが生活保護、在日は20人にひとり」に対する宮島理(『生活保護と在日』著者)の試算を紹介しています。宮島は計算によって在日韓国・朝鮮人の生活保護受給率を4.4%程度と見積もり、完全失業率や無年金者(日本の年金制度の問題による)などを考慮した場合、この数字は妥当であるともいえるが、全体的に見ると特権というよりは貧困問題といえそうだと結論づけています。むしろ差別された挙げ句、生活保護に頼らざるを得ない状況に陥ってしまっているのが現状です。
■何故こんなあからさまなデマが信じられてしまうのか
その他にも、通称の使用、年金の優遇などありますが、どれも実証ができないものばかりです。完全な言いがかりであったり、不利益な取り扱いを受けてきたことへの部分的救済措置の「救済」部分だけを意図的に抜き出して、特権だなどと印象操作をするあまりにもデタラメなものばかりだといいます。では、何故こんなデタラメ、あからさまなデマがこうも簡単に信じられてしまうのでしょうか。その理由の1つにはインターネットによる情報の拡散が考えられます。
■ネトウヨ化でデマが急速に拡散された
ネトウヨについてはこのコーナーでも何度も取り上げて説明してきました。ネット上の情報の精査ができず(もしくは意図的に自分のほしい「真実」だけを拾い集め)レイシズムと歪んだ愛国心に染まってしまったいわゆる「ネット右翼」のことです。現在、日本の雇用システムは大きく破壊され貧困が広い世代に広がっています。多くのやり場のない怒りや虐げられた不満・絶望はより弱い者へと向かいます。「在日特権」はそんなネトウヨたちによって爆発的に拡散されていきました。たとえ真実と異なることであっても、あまりに当たり前のように語られるようになるとそれが本当かを疑うことをしなくなってきます。それが恐ろしいことだと著者も主張しています。
プレカリアートはその不安定さから、ネトウヨ化しやすい傾向があるといえます。社会のネトウヨ化に歯止めを掛けるためにも対抗言論はとても大切なものです。誹謗中傷や差別と闘うためにも、しっかりとした情報をみんなで発信していく必要があると考えます。
稲葉一良(書記長)