プレカリアートユニオンブログ

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大手日雇い派遣G社廃業の日まで勤務した組合員が振り返る過酷な現実。『非正規レジスタンス 池袋ウエストゲートパークⅧ』(石田衣良/文春文庫)

大手日雇い派遣G社廃業の日まで勤務した組合員が振り返る過酷な現実

『非正規レジスタンス 池袋ウエストゲートパークⅧ』(石田衣良/文春文庫)

■はじめに 自身の勤務経験からひもときます
 本書は、複数の収録作のなかで書名にもなっている代表作で、違法派遣を行う大企業に、派遣スタッフたちがユニオンと共に立ち向かうフィクションです。はじめに了承いただきたいことがあります。このレビューは、本書への賛否という視点ではなく、題材となった大手日雇い派遣企業G社で10年間勤務した、私自身の経験と本書とのギャップとしてまとめています。本書がフィクションとわかりつつも、より過酷な現実を知る者として、まともに本書の紹介ができませんでした。
 また、出版時期や作中の通信機器などからも分かるように、平成中期の社会情勢を前提としていることをご理解ください。現在、日雇派遣は原則禁止とされています。作中及びG社のような事業者が存在しないことを切に願うばかりです。
■あらすじ 日雇い派遣労働者の襲撃事件
 「池袋ウエストゲートパーク」は、石田衣良氏の人気シリーズ。街のトラブルを解決する主人公マコト。マコトは日雇派遣で生活をするサトシと出会う。サトシはネットカフェ生活を送りながらも、彼にとっては高額ともいえる携帯電話を大切にしていた。それは、電話一本で仕事の依頼がくる派遣会社との連絡手段、生命線であったからだ。サトシは仕事で腰を痛めながらも、自己責任論に縛られ働き続けていた。
 サトシを心配したマコトは再会の約束をするも、サトシの生命線である携帯電話はつながらなかった。マコトは、ユニオン代表のモエと会い、サトシが何者かの襲撃に遭い、現在はユニオンに保護されていることを知る。襲撃事件の真相を追求していくと、そこには違法派遣、労災隠し、ピンハネ長時間労働、組合員潰しなど巨大企業の闇があった。
■現実1 当時の派遣スタッフはマージンを知らなかった
 作中で派遣スタッフは、派遣会社のマージンが四割、派遣先への請求額が1万2千円、スタッフへの支払が7千円、と言及しているが、現実G社の派遣スタッフはマージンや請求額を知らない。派遣先も派遣スタッフには言わない。そのような契約を派遣元と先で締結しているからだ。なお、作中におけるマージン、請求額、スタッフ支払額は事実と思われる。しかしこれは高額な方である。大口顧客は値引きをしている。だが粗利率を優先するため、最低賃金は守らない。G社では「粗利率35%を下ることは禁止」とされていた。マージンを開示することになっている現行派遣法は当時よりは報われている。
■現実2 内勤社員は作品より質が悪い
 G社の内勤(アルバイト)は、作品よりも乱暴である。登録しにきた人に説明用ビデオを30分ほど見せ、ユニフォームと称した備品をその場で買わせ、電話番号と名前だけをエントリーシートに書かせた後直ちに、当日の穴あき現場へ向かわせた。
 穴あき現場に着くまでは道案内と称して電話をつなげっぱなしにし、逃げないように管理した。また、派遣スタッフが当日欠勤の連絡をしようものなら、内勤は派遣スタッフに対し親兄弟、親戚、友人でもいいから代打を出せと詰め、実際に代打を出させるのである。
 擁護するわけではないが、内勤が人を人とも思わなくなってしまったのは、システムの問題もあるといえる。まず社員や内勤の年齢層が低い。内勤は学歴、年齢不問であり、住所不定者、未成年者も多く在籍していた。心身ともに未成熟であったことは否めない。そして業績に応じて内勤にもインセンティブが支給されていた。
■ゲーム感覚で仕事を手配
 次に高度なアプリケーションソフトを使っていたことである。このアプリの操作画面表では、顧客ごとに必要人数や粗利率が表示される。手配人数や粗利が達成するにつれて表の色が黒から白へ近づいていくのである。ボードゲーム感覚だ。
 顧客名をクリックすると、そこに登録スタッフの能力や経験から自動的に人員が配置され、派遣スタッフに翌日の仕事メールが配信される。あとは登録スタッフがそれを携帯電話のWEB上で承諾するか拒否するかだけである。拒否をすると内勤は本人へ電話し、「簡単な什器の搬入出」と偽り引越しの仕事をさせていた。
 酷い事例を挙げると、重量物取扱経験のある男性の派遣先依頼に対し未成年者の女性を手配していたり、残置物撤去といいながら特殊清掃であったりした。G社は派遣先ニーズも派遣スタッフの安全衛生も考えていない。G社では内勤のことを「手配師」と呼んでいた。
■現実3 必ず仕事があるわけではない
 作中では、簡単に仕事へ就けるような描写があるが、実際はそうではない。G社では、手配をする順番が決まっていた。
 まず「支店待機」を数人手配する。これは支店でスタッフをスタンバイさせ、当日穴あき現場へ本人の意に反してでも向かわせるためである。スタンバイ中は賃金を支給しない。当日穴あきがなければ無賃で帰宅させるのである。当然どの派遣スタッフもやりたがらないが、新規登録者には説明会で「みなさんは支店で待機をしていただいてから、当日に決まった現場へ向かっていただきます。」といい、根付かせる。また、一度でも欠勤をした派遣スタッフは「Z戦士」と呼ばれ、彼らが再び仕事を希望するのであれば、まずは支店待機からとなるのであった。
 次に手配をするのは、派遣スタッフに暴力をふるうような派遣先。これも誰も行きたがらないが、「この仕事しかありません」とG社はウソをつく。派遣で生計を立てているスタッフはやむを得ずその現場に派遣されていく。実際に希望する職へ就ける派遣スタッフは、運よく前記以外の派遣先に派遣され、かつ、その派遣先から指名を受けるようになった者だけである。
■現実4 社員の残業時間は作品よりもっと長い
 作品中では、社員は年間1200時間(月換算すると100時間)の残業だといっているが、F社の月の残業時間は300時間を超えていた。深夜2時に終業して支店で就寝し、朝の7時に起床し仕事を始める。週末に自宅へ帰り、翌週の着替えを大型バッグに詰め込んで、その日のうちに支店に戻り、支店でまた眠りにつくのだ。
■現実5 派遣会社はつぶれ、解雇された
 作品では支店長が内部告発をして行政処分が下ったような描写があるが、G社は「日雇派遣業界全体で当たり前に行われていた港湾運送業への禁止派遣を、当該地域のG社支店にたまたま配属された社員が、違法派遣の行為者として捕まり、略式命令が下った」。港湾運送業への派遣が禁止されていることなど、G社は積極的には社員へ教えていない。支店長の多くは、新卒後半年経たない者たちである。名ばかり管理職とすることにより、残業代の抑制をするためである。社会人としても未成熟な者ばかりであった。
 そして、G社は作品とは大きく異なる結末を迎えている。作中の派遣会社は業務停止命令を受けるに留まるが、G社は間もなく廃業した。そしてほぼ全ての派遣スタッフ、内勤、社員が事実上の即日解雇(形式的には合意退職。日雇派遣労働者にはそもそも解雇や退職などなかった)となり失業した。支店長たちは本社会議室に招集され廃業・即日解雇をG社より告げられたのだが、会議室前の廊下で組合員が「合意退職してはだめだ」と社員を説得していたのを覚えている。
■現実の結末 派遣スタッフの雇用のため奔走
 G社で即日解雇されなかったのは、支店長とブロック長である。とはいえ退職日は決まっていた。ようは残務処理をしていたのだ。不動産の解約手続き、書類の廃棄、顧客への挨拶周りである。残務処理は1週間程度で終わったが、退職日までの残りの日数は就労が免除されていた。しかし、多くの店長、ブロック長が引き続き勤務していた。派遣スタッフの就労先の確保をしていたのである。
 廃業が決まった瞬間、派遣スタッフたちは一斉に支店へ押しかけた。それは怒りというより、絶望だった。「私たちは明日からどうやって生活をしていけばいいのか本当にわからない。社員として雇ってくれるところなどどこにもないのだから日雇派遣をしてきた。どうか助けてくれ」。
 私は一人で数十人の派遣スタッフの相手をしようとしたが、どうすればいいのか全くわからなかった。やがてブロック長が各支店長に対し口を開いた。「もう会社はなくなるし、お前たち(支店長)も自分たちの就活を早くはじめろ。あと、これは指示ではないが、派遣スタッフが路頭に迷わないよう、顧客に直接雇用してもらうなり、同業他社に顧客とともに派遣スタッフを紹介したりしてなんとかしろ。売上げなどもう関係ないのだから。繰り返すが、決して強制ではない。ただ、正しいことをしろ」……ブロック長、もはや指示しているじゃないか、と私は心の中でツッコミを入れていた。
 不幸中の幸いか、私が勤務していた支店は、全ての派遣スタッフが派遣先に直接雇用され、又は同業他社へ紹介することができた。G社の支店社員たちは、最後は有志で動いていた。「人が、他人をヒトとして見ているかどうか」ということを、よく考えさせられた会社であった。
 Y(組合員)

 

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