プレカリアートユニオンブログ

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働けなくなり、家を失ったとき直面する現実。『コロナ禍の東京を駆ける 緊急事態宣言下の困窮者支援日記』(稲葉剛・小林美穂子・和田靜香編/岩波新書)

働けなくなり、家を失ったとき直面する現実。

『コロナ禍の東京を駆ける 緊急事態宣言下の困窮者支援日記』
(稲葉剛・小林美穂子・和田靜香編/岩波新書

 コロナ禍で日雇いなどの非正規労働者たちは仕事を失い、去年4月に出された緊急事態宣言にともなうネットカフェ等の休業で、そこで暮らしていた人が一斉に行き場をなくす事態となった。2回目の緊急事態宣言が出されている現在(2021年1月29日)も長引く経済不況で、これまで貧困とは無縁だった人々にも住居喪失の危機がひろがっている。
 『コロナ禍の東京を駆ける-緊急事態宣言下の困窮者支援日記』(稲葉剛/小林美穂子/和田静香・編)は、コロナ以前から生活困窮者支援を続けてきた「一般社団法人つくろい東京ファンド」(以下「つくろい」)のメンバーがコロナ禍の支援現場を伝えたドキュメントだ。メンバーの小林美穂子さんが自身のfacebookにあげた活動日記がこの本の中心になっており、窮地に立たされた一人ひとりの声と日本のゆがんだ福祉の実態を伝えている。
■コロナで可視化されたネットカフェ生活者
 緊急事態宣言発令後、「つくろい」のホームページに開設した相談フォームには、住まいを失った人から次々とSOSのメールが届いた。支援者たちはその都度対応し、緊急性が高い場合は、その日のうちに相談者の元に駆けつけた。<「首吊って死のうかと思っていたけど、生きたいと思ってしまった」>昨日から何も食べていないというネットカフェ暮らしをしていた若い女性の萌子さん(仮名)が漏らした言葉だ。
 実はネットカフェで暮らす人の問題は今に始まったことではなく、このコロナで可視化されるようになったと小林さんは指摘する。現在都内で不安定な住環境に置かれている人は約6000人と見積もられているが、そのうち約4000人がネットカフェやファーストフード店等の商業施設で寝泊まりしており、利用者の7割が20代~40代を占める。コロナで特に影響が大きかったのが、ネットカフェ等に暮らす非正規労働者だという。

■困窮者を阻む行政の水際作戦
 困窮した人々の生活基盤を支えるはずの生活保護の制度が日本にはあるがきちんと機能していない。それ以前に福祉事務所に助けを求めてきた人を追い返し、より遠ざけるような対応がおこなわれてきたという。若い女性、萌子さんも一度はひとりで福祉事務所を訪れたが引き受けられなかった。
 福祉事務所は以前から無料低額宿泊所(以下、無低)と契約をし、相談者に案内してきた。相部屋で衛生面がひどく、生活保護費のほとんどをとってしまうような「貧困ビジネス」をしている無低もあり、メンタル面のトラブルを抱える人にとってはプライバシーもない地獄のような場所だ。そのため、福祉事務所に相談出向けば「無低に送り込まれる」という理由でネットカフェに踏みとどまる人もいた。
 今回は、コロナで住まいを失った人のために行政がビジネスホテルを確保した。小林さんは相談者と福祉事務所に同行し、ビジネスホテルの利用を希望したところ、職員はホテルを使わせようとせずに無低を案内し、二人が抗議をしてやっとホテルを案内してくれたという。その他にも、福祉事務所の係長が「ビジネスホテルに滞在しながら生活保護は利用できない」と言ったり、「ここに住民票がないと生活保護は申請できない」というウソをついたり、生活保護の申請書の用紙さえも出してくれないこともあったそうだ。
 これらの「水際作戦」のエピソードから、今の行政が生活困窮者の支援を阻み生存権をより一層脅かしていると感じざるを得ない。小林さんは今の福祉の現場を見て、これまで「自己責任」を振りかざし、弱いもの見ないふりをし、切り捨ててきた社会のツケがまわってきていると言う。コロナがこれまで隠されてきた貧困を可視化させ、無関係と思っていた人々の身にも貧困が迫って無視できなくさせた。今こそ誰もが尊厳をもって生きられる社会に変えていかないといけないと指摘する。
■貧困は誰の身にも起こりえる
 2021年になっても人々が苦しむ声に耳を傾けることなく「自助」を求めるこの国で、隙間だらけの「セーフティネット」からこぼれ落ちてしまっている生活困窮者や外国籍の人たちを支えているのは、「つくろい」をはじめとする、さまざまな支援活動の現場の人々だ。「自己責任」の言葉ばかりが多くの人の耳に届いてしまう今の社会で、一般の人はまさか行政の福祉担当者が困窮している人にウソをつき、助けずに追い返している事実など、想像もできないかもしれない。貧困は誰の身にも起こりえる。自分が働けなくなり、家を失った時、何が起きるか、この本から日本の福祉の実態を知るべきだ。
 N(組合員)

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