プレカリアートユニオンブログ

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「一番低い場所」から社会を問う-地べたのポリティクス。『子どもたちの階級闘争 ブロークン・ブリテンの無料託児所から』(ブレイディみかこ著/みすず書房)

「一番低い場所」から社会を問う-地べたのポリティクス
『子どもたちの階級闘争 ブロークン・ブリテンの無料託児所から』
ブレイディみかこ著/みすず書房

 イギリス南部・ブライトンを舞台にした、ノンフィクション『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』は、多様な人種や貧富の格差に直面する、著者ブレイディみかこさんの息子の日常生活を母親目線で書いた作品だ。本屋大賞も受賞し、ベストセラーになった。私もその本で著者の文章に心をつかまれた読者の一人だ。
 『子どもたちの階級闘争 ブロークン・ブリテンの無料託児所から』はそれより2年ほど前に出版された本で、同じブライトンで保育士として働く著者が、社会と政治をつなぐ託児所で巻き起こるできごとから、イギリス社会の「底辺」の人々が直面する現実を描く。読み始めると最後まで止まらなかったが、貧困、格差 分断、暴力が日常にある人々の暮らしは、心安らかに読めるような場面ばかりではなかった。

■「底辺託児所」から「緊縮託児所」へ
 この著者の本業は保育士で、2008年から2016年まで働いた託児所と保育園でのことが書かれる。最初の二年半はボランティアとして託児所で働き、そこが平均収入・失業率が全国最悪水準の地区にあって、主に失業者などの低所得者の子どもを無料であずかっていたため「底辺託児所」と名付けている。
 ボランティアの後は数年間、民間の保育園に就職する。「インスタントコーヒーを水筒に入れて持ち歩いていた人間が、スタバに入ってコーヒーが飲めるようになった程度の出世でもあった」と、ここでは有給で働けるようになった暮らしの変化も書かれる。
 数年後、保育園閉鎖を理由に再び「底辺託児所」に戻ることになるのだが、その頃イギリスは大きな変化をむかえていた。2010年に政権を握った保守党が緊縮財政政策に舵を切り、庶民の生活へ大きく影響していく。2015年に再び着任した「底辺託児所」も例外ではない。公的援助が断たれたことで、提供されるランチが週の半分に減らされ、本や玩具も購入できない状況になっていたなど、久しぶりに戻った託児所の変容ぶりに怒りさえ覚えたという。その時点から著者は「底辺託児所」を改め、「緊縮託児所」と呼んでいる。
 託児所を利用する家族にも緊縮政策のしわ寄せがきていた。生活保護が打ち切られ、フルタイムの働き口を探さざるを得ず、保育時間が短い底辺託児所から姿を消してしまったり、ソーシャルワーカーから育児ができないシングルマザーと判定され、子どもを里親に出されたケースなど、経済第一主義の政策は、弱い立場の人をより一層困窮させ、暮らしのそのものを蝕んでいくのだと感じた。

■最も低い場所から
 2015年の「緊縮託児所」の子どもたちの多くが外国人だという。それは、本部にある移民に開かれた英語教室に通う母親とその子どもが託児所を利用するようになったからだ。著者が見た生活保護を受給するシングルマザーや、ドラッグ依存から回復中のイギリス人の母親を持つ子どもが多かった「底辺託児所」の時代とは変わり、2015年には、託児所にいる移民がマジョリティで、貧困層のイギリス人がマイノリティの構図になった。そして、「緊縮託児所」に通う上昇志向の強い移民の母親が、貧困層のイギリス人の子どもと同じ託児所に通わせたくないと、移民からの差別も起きている。
 移民問題EU圏との重層的な課題をかかえるイギリスの階級社会のなかで、底辺から抜け出せずに、日常を生きる子どもとその家族の姿がこの本にはリアルに書かれる。「わたしの政治への関心は、ぜんぶ託児所からはじまった」「政治が変わると社会がどう変わるかは、最も低い場所を見るとよくわかる」イギリスの地べたを見てきた著者の言葉は、子どもの貧困やコロナ禍で格差や分断が進む日本社会へのメッセージではと思う。今こそ読みたい(再読したい)本だ。
N(組合員)

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