プレカリアートユニオンブログ

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原文次郎さん(反貧困ネットワーク 外国人支援チーム)によるレビュー/一次情報・速報を元にした他国の運動の「評価」の難しさ しかし、私たちはこれを他人事として観ていて良いのか?『ヤナマール - セネガルの民衆が立ち上がるとき』(ヴュー・サヴァネ著 バイ・マケベ・サル著/勁草書房)

 「セネガル」「民衆運動」このテーマははたしてどこまで日本の読者に身近な問題といえるだろうか。本書『ヤナマール   セネガルの民衆が立ち上がるとき』は分厚い大著ではないが、しかし必ずしも読みやすい本とはいえない。しかし、評価は読み手にもおよぶ。セネガル民衆運動の報告を日本の読者がどのように受け止めるかということは読み手も評価の対象になるということである。その点でも本書は簡単な本ではない。

■「ヤナマール」の意味と本書の構成■
 「ヤナマール(Y'enamarre)」とは、フランス語で「もう、うんざりだ」という意味である。フランス語の原著は2012年、日本語版は2017年の出版であるが、本書は2011年にセネガルで起きた、既存の政治体制に対する市民による広範な抗議行動を主導した社会運動対「ヤナマール」を紹介する報告を主としている。報告の前に日本人の監訳者である社会人類学者・社会思想史家の真島一郎氏による解説が配置され、後には運動を主導したラップグループ「クルギ」(セネガルで「イエ=家」の意味)のメンバーに対するインタビューや運動の理念を表す一次資料を収めている。
 解説を前に配置したのは日本の読者に対する配慮であろうが、それは本文を読んだだけでは時系列的な経緯と、西アフリカの一国のセネガル、いやアフリカに留まらず、東アジアの日本も含む、民衆運動の世界的な意味に目を向けさせようとの監訳者の意図を感じる。運動が起きた2011年は、中東における、いわゆる「アラブの春」、日本では3.11の東日本大震災が起きた年であることが想起されるであろう。
 しかし、これらの監訳者の意図は読者が自身で本文から汲み取るべきものであり、解説で導かれるものではないと思う。解説を読み、運動の意義を強調された後に本文のテキストに目を通してみると、そこまで膨らませた意味が読み取れず少なからず当惑する。

■新しいセネガル人を作ろうとする運動-日本は?■
 一方、「ヤナマール」は新しいセネガル人を作ろうという運動でもある。1960年のセネガル建国以来、センゴール政権、ジュフ政権と40年にわたる社会党の長期政権が続いた後に、国民は自由主義的な対立候補であるワッドを支持して建国以来初の民主的な政権交代を果たした。しかし、国民の期待を抱いて2000年に登場したワッド大統領の政権がその期待を裏切るのにもそれほど時間はかからなかった。多選を狙うワッド政権に対する抗議運動がヤナマール運動の発端であり中心である。「ヤナマール=うんざりだ」という言葉は、ワッド大統領個人に留まらず国民の期待に応えない政治体制に向けられていると同時に、そういう政治体制に対して呪詛じゅその言葉を吐きつつも、社会体制も含めて変えようとしてこなかったセネガルの国民自身に対しても「うんざりだ!」として、政治に背を向けるのではなく、政治プロセスに参加することによって新しいセネガル国民に変わろうという意味が込められている。
 そこにセネガル国民としての物語を紡ぎたいという思いがあり、「クルギ」のようなラップミュージシャンが運動を主導するのも意味があるが、ジャーナリストに書かれた本文の報告部分にはフランスの哲学者、思想家、社会学者の言葉の引用が多用されているのにはパラドクスを感じる。アフリカの旧植民地が宗主国の言葉を用いて自国の物語を説明しようという点においてである。
 むしろ資料として収められている「クルギ」メンバーのインタビューの方が彼らの肉声で運動の目指すものを伝えていて心に響く。
 そして、最終的に西アフリカの民衆運動のレポートを日本の読者がどう受け止めて生かすのかという点に帰り着く。政治に対して「うんざりだ」「生きさせろ」と感じる民衆運動が政治を忌避するのではなく、政治参加を通して政治を変えていくレベルに至るのか、問われるところである。
 2021年の世界は新型コロナ感染症によりまったく新しい世界に突入しており、ヤナマール運動から10年が経過している。セネガルもワッド大統領の多選を阻止したが、その後に発足したサル新政権も10年を迎えようとしているなかで順風満帆とはいえない。あらためて本書に描かれた2011年のその後が気になるところだ。
レビューアー:原 文次郎(反貧困ネットワーク 外国人支援チーム)

 

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