プレカリアートユニオンブログ

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基準引下げなどの追い込み型ではなく、就労自立を軸に循環する生活保護制度を(大平正巳)

基準引下げなどの追い込み型ではなく、就労自立を軸に循環する生活保護制度を
――現場からの意見――

大平正巳(プレカリアートユニオン/執行委員長/一般社団法人自由と生存の家代表理事

 安倍政権が発足して1月が経とうとしています。選挙前の勇ましさは影を潜め、今は無難な政権運営に務めているという印象を受けます。ただ、選挙で勝利する前に得票第二党であった維新の会と共に盛んに行っていた生活保護バッシングに関してはどうなるか。いま政府と厚生労働省は保護費のうち基本的な生活費を賄う生活扶助の基準額に関し引き下げの方向で調整に入りました。このままでは2013年度より、保護基準の引き下げが行われます。運動側の力量が試されています。この問題は最低賃金制度や非課税世帯基準等に連動する可能性もあり、不安定な生活を強いられている仲間に直結する課題なので注視し取り組む必要があります。

 政府自民党生活保護予算を10%削減するという政策目標が掲げています。現在保護受給者は212万人。この数字が先走っていますが、実際に保護を必要としている人々がどれ程制度の適用を受けられているかを表す保護補足率は「イギリスでは87%、ドイツは85〜90%なのに対し、日本は約10〜20%」となっており上記国並に制度を運用すれば約800万人がこの制度を利用することもありえます。ちなみに、GDPに対する率では日本が0.7%(約3兆円)でイギリスは2.7%です。

 生活保護を必要とする人々の数に関しては、今後減少する見込みはありません。ワーキングプアの温床となっている非正規雇用者比率は1990年の20%から2011年の35.4%へと大きく上昇し、いまや3人に1人以上は非正規雇用者となりました。非正規雇用の多数は年収200万円以下。キャリアアップによる収入増の見込みも薄く、公的年金制度からも外れがちなこの層は、放置されれば生活保護予備軍となります。厚生省による推計によると無年金者・低年金者は812万人にのぼります。

 次に、平成21年度 生活保護受給者分類を読むと、保護受給者の内訳は「高齢者」「母子家庭」「障害者や傷病者」で87%、その他13%となっています。今後確実に進む高齢化は、先に述べた無年金者・低年金者問題と合わさり、生活保護制度を必要とする人々の母数を増やして行きます。必要なことは、生活保護制度を柱としながら、いかに生活困難者の生活を安定させるかです。政策的に強引な予算の締め付けを行っても、援助を必要とする人々は増加しますし、それを放置すれば当事者の不幸にとどまらない社会不安、社会問題を引き起こし、さらなる財政出動を行わざる得なくなります。

 今後、必要なのは生活保護を受けた人々が、再び就労の現場(自営含)に戻り財政的に社会を支える側に復帰させる仕組づくりを制度政策的に強化することです。

 私は働ける人は基本的に働くべきと考えます。その意味で生活保護受給者分類では「その他」とされる13%の人々への就労自立に向けた援助が重要と考えます。この部分が就労の現場に戻る事を効果的に進めることが軌道に乗れば、全体に占める割合は少ないのですが、保護受給率の伸び率が特に高くなっている20代〜40代で保護を必要とする人たちへ積極的に生活保護を適用しても循環作用で制度も効果的に運用されます。勿論、財政的に社会を支える人々も増え、無年金・低年金問題の抑止にもつながります。さらに、生保基準以下でキャリアを積むどころか、まともな仕事探しも困難となっている労働者を受け止め、押し出すプラットホームとしても機能します。

 就労自立に向けた支援に必要なものはすでに幾つかの取り組みが実施されています。福祉事務所での就労促進指導員の配置。生活保護とは直結していませんが生活保護受給者でも職業訓練を受けることができる求職者支援訓練制度、横浜市など一部自治体で導入されているパーソナルサポートや地域若者サポートステーションなどです。各支援員・設置の数や地位には問題はあるように感じますが、当事者に随伴する専門職は必要不可欠です。

 ただ、これらの仕組みを運用する上で必要だと思う事が大きく2点ほどあります。

 一つは、就労自立に向かう対象者の人選方法についてです。私は横浜市中区寿町という地域でNPO法人寿クリーンセンターという事業体で理事をしています。ここの目的は精神障碍や失業等で生活保護となった人たちの就労の場をつくることです。過去2年間に福祉事務所の就労促進指導員や更生施設から30代〜50代まで10名程の当事者を受け入れて来ました。結果としては、恥ずかしい話、殆ど根付いた方はいません。医療機関自助グループ経由で来た人たちがそこそこの率で定着するのとは対照的です。

 特徴的なのは、導入に際しての当者者情報が概して少なく、よく言われるのが「この方は障碍もないのですが、仕事が決まりません」や「熱意はあるのですが仕事が長続きしいません」というものだったということです。しかし、実際に受け入れを行ってるとギャンブル等による借金問題や躁鬱、様々なアディクションなどの問題を抱えていることが多々ありました。積極的な就労自立を行う上で、こうした当事者が抱える課題を発見する効果的なフィルターの整備が必要です。本来就労に向かう状態にない当事者をレールにのせることは、失敗の可能性が高く、社会資源の効果的な活用に反するだけではなく、当事者に必要のない消耗を強い、その後の自立の妨げにもなります。仕事の前に、必要な人は治療や訓練などの援助が必要です。

 もう一つは、当事者の志気・モチベーションについてです。
 これは、労働組合や住宅を基盤とした支援活動を行う自由と生存の家での活動でも見てきましたが、若年層になればなる程働くことに肯定感を持てなくなっているように見受けられます。これは、非正規で不安定かつ過酷な労働、低い収入など疎外感が強く無展望な職業経験しか持ち得なかった人たちにしてみれば当然の感覚ではないかと考えます。そのような経験を経て、生活保護を受け安定を掴んだ人がなかなか就労に向えない。

 その時に、必要なのは生活保護を引き下げ追い詰めるのではなく、働くことで生活が豊かになる体験が出来る制度的な誘導だと考えます。北風と太陽のような話です。

 具体的には働いた成果を目に見える形で実感させること。生活保護制度における勤労による勤労控除の基準を拡大することが一つの方法だとおもいます。勤労控除とは簡単に説明すると生活保護受給中に収入を得た場合、支給する保護費から一定額を残しそれ以外の額を差し引くという制度です。例えば月の収入が8000円までなら、保護費+8000円となります。それ以上収入があった場合も額によって控除率が決められており、保護費にプラスされた額が当事者の手元に残る仕組みです。これは、就労自立に向けて本人の意欲を引き出す等のために設けられた制度で、現在も現場では普通に運用されています。

 寿クリーンセンターで得た経験からも働き得た収入で生活が豊かになることは当事者の就労に対するイメージを変えることに効果があります。ただ、現在の勤労控除制度は枠が狭く、仕組みも複雑なため上手く機能しきれていません。これをたとえば、就労自立のレールに乗った人には期間限定でも良いので、保護費+○万円と上乗せを認めることも必要だと考えます。不正受給を探すよりも、堂々と就労を認め一定の基準をクリアすれば生活保護も廃止する。当事者も安心感をもって就労自立に挑戦出来る仕組みです。

 また、現行は、国が失業者、自立訓練者を受け入れる企業に対し助成する方法が主流となっていますが、当事者自身に直接メリット理解出来る方法を併用する方がやりがいを実感させ、より大きな成果を生むものと考えます。このことは職業訓練中の生活費を受講者に直接給付する求職者支援制度の恒久化されたことからも理解されることと思います。

 生活保護を必要とする人たちは増加します。生活保護基準の安易な引き下げは、彼彼女たちを見せしめに、制度の狭間にいる人たちを脅し上げ、社会のスケープゴートにするだけです。困窮した人々を追い込んでも、貧困という社会的な問題の改善に役立ちません。真に再チャレンジ出来る循環型の仕組みを持続的に考え、試行し、作っていくことを求めます。(2013年1月17日)