抵抗の言葉を守るために
先日4月12日に行われた学習会「職場のハラスメントとは何か? 自分がハラスメントだと思ったからハラスメントとは限らない」からは、非常に多くのことを学びました。
ハラスメントという言葉は、ハラスメントを受けた側が、ハラスメントをした強い立場の側の行為を非難するための、抵抗のための言葉であったはずでした。しかしそのハラスメントという言葉が、あまりにも濫用されてしまったことで、ハラスメントという言葉の抵抗力は失ってしまったように思われます。
たとえば、「何をしてもハラスメントになる」などと言われたりして、ハラスメントという言葉自体が権力者側だけでなく非権力者側にとっても揶揄の対象になっている現状があるように思います。
学習会では、法的な意味での「ハラスメント」という言葉をしっかり理解することで、ハラスメントという言葉を私たち労働者にとっての抵抗のための言葉として復権しようという内容と受け取れました。
■抵抗のための言葉が抑圧に使われる
抵抗のための言葉が意味を違えて濫用されているためにその効力を失っているのは「ハラスメント」という言葉だけではなく、さらにはそれらの言葉が権力者によって、非権力者の抵抗を抑圧するために使われてしまう現象も現在では起きているようです。
その代表的な言葉が「ヘイトスピーチ」です。「ヘイトスピーチ概念の悪用に抗する」と題された社会学者の明石隆浩の論考(『特集「表現の自由」を考える』現代思想5月号、青土社、2025年所集)では、権力者側が、「ヘイトスピーチ」という言葉を、非権力者の抵抗を抑圧するために使っている事例が明らかにされています。
具体的な事例として以下の三つが挙げられています。2025年3月に、イスラエルによるガザ地区への攻撃に対する学生の講義運動に対して、トランプ政権が「ユダヤ人へのヘイトスピーチ」として、その運動のリーダーの学生を逮捕・拘留した事例。2019年に、「表現の不自由展・その後」に対して、川村たかし名古屋市長が「日本人に対するヘイトスピーチ」という趣旨の内容を発言し、展示が中止された事例。2022年に、アーティストの飯山由貴が在日コリアンのラッパーFUNIの活動を映した映像作品に対して、東京都人権部が「作品内の歌詞がヘイトスピーチと受け取られかねない」という理由で上映不許可とした事例。
■言葉本来の力強さを消してしまう
私たち労働者は、私たちの抵抗の言葉がこのように権力側に悪用されることに抗議する必要があるとともに、自分たち自身でもその抵抗の言葉を守っていく必要があるのではないでしょうか。そのためには、言葉の使用に対してより注意深くなること、間違って言葉を使ってしまったら素直に反省することが必要であるように思います。
言語哲学者の和泉悠は著書(『悪い言語哲学入門』ちくま新書、2022年)の中で、「蒸気船としての言語」について述べています。これは簡潔に言うと、言葉の意味は誰か個人の中で決まるのではなく、公共的に(みんなで)決まっていくということです。「私がハラスメントだと思ったからハラスメントだ」という言説も、「私がヘイトスピーチだと思ったからヘイトスピーチだ」という言説も、言葉本来の性質から離れた使い方であるだけでなく、言葉本来の力強さを消してしまうのです。
私たちはいま一度、言葉の使用に注意深くなり、抵抗のための言葉をみんなで大切にしていきませんか。そうすれば、言葉が私たちにとってよりかけがえのない力になるはずです。
K(組合員)
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