プレカリアートユニオンブログ

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「消費者」に弱体化された労働者、闘うきっかけは腹からの動機。『武器としての「資本論」』(白井聡著/東洋経済新報社)

 著者は、「この本は『資本論』を読んでもらうための入門書。『資本論』は、一方では国際経済、グローバルな資本主義の発展傾向というような最大限にスケールの大きい話に関わっていながら、他方で、きわめて身近な、自分の上司がなぜイやな態度をとるのか、というような非常にミクロなことにも関わっている。実はそれらがすべてつながっているのだということも、見せてくれる。」と述べています。その後の各講で、マルクスが創造した概念のいくつかを通して、「こんな世の中を生き抜くための知恵」を探ります。
 さらに「この本の裏にあるテーマは、新自由主義ネオリベラリズム)の打倒」とし、マルクスの「階級闘争」という概念を通して見ると、新自由主義とは、資本から労働への階級闘争であったと判る。1980年代以降、階級闘争を続けてきたのは資本側だった。労働側は、商品に依存する「消費者」に弱体化され、新自由主義を受け入れ推進するように、その感性・センス・魂まで変えられてしまっている。いままで考えられてきた労働側からの階級闘争(労働者階級による権力の獲得。ソ連型の経済運営。社会民主主義体制。など)は総崩れである。労働側からの階級闘争を再建するにあたり、闘争の目標は、システムとしての資本制社会を終わらせること、特に、等価交換を廃棄することにある。この「等価交換の廃棄」のきっかけは、新自由主義が労働者の労働の価値を切り下げてきたのに対して、「それはいやだ」と、人間の誰もが持っている基礎的な価値を信じて主張できるかにある、とします。
 これは思うに「頭を下げて頭を下げて牛丼を食べて頭を下げて暮れゆく」(萩原慎一郎『歌集 滑走路』)という状況に対して、「牛丼ばかり食っていられるか。もっとうまいものを食う権利が私にはある」と言えるかです。思想ではなく生命から、頭ではなく腹からの動機に闘争のきっかけがある。
「等価交換の廃棄」:マルクスの『ゴータ綱領批判』に、〔共産主義社会のより高い段階においては、〕「各人はその能力に応じて〔労働して生産物を作り〕、各人はその必要に応じて〔生産物を受け取る〕」(〔 〕内は私の補足)とあります。これは、等価交換ではない。
 N(組合員)

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