プレカリアートユニオンは、「非正規雇用でも有期雇用でも職場で仲間を増やして労働条件の維持向上を行う。仕事作りも視野に入れ、働いて、希望すれば、一人につき一人は子どもを育てて生きていけるだけの収入を確保する。」ということを目指しています。なぜ、非正規雇用は、なかなか結婚できないのでしょうか。塾講師を経験した後、基金訓練を受けて求職中の道用和男さんが解説します。
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山田結婚相談所 非正規は結婚できないって本当ですか。
第3話 「二人合わせて500万円ってのはどうですか。山田先生」
前回までの展開
若い独身女性は結婚相手の男性にどのくらいの年収を期待しているのか。青森では53%の女性が400万円以上を望み、東京では39%の女性が600万円以上を望んでいる。独身女性が男性に高収入を望む理由は三つある。一つめは女性たちが親と同居して高い生活レベルを享受していて、結婚生活に対しても期待水準が高くなることだ。二つめは育児費用が高いうえに、女性たちの子育てに対する期待水準も高いことである。
そして山田先生は言う。「だから結婚相手に期待する年収も高くなる。…どうだい木下くん。400万円・600万円くらいは必要よ、という彼女たちの考えはわかるだろ?」
【木下】その考え、言いたいことは分かるけれども、同感はしないなぁ。たとえば男も女も働いて、二人で生活を支えるっていうやり方もありますよね。250万円ずつ稼げば二人合わせて500万円になるでしょ。それで何とかやっていくってのはどうですか、先生。
【山田】なかなかいいアイデアだが難しいところが二つある。一つはさっきも話したが、「男は外で仕事、女は家を守るべきだ」とか「夫は収入を得る責任をもつべきだ」という常識、つまり性別役割規範が日本社会には強固にあるということ、もう一つは女性の賃金が低いので、二人の稼ぎを合わせても希望の額には達しないということだ。民間企業に限らず地方自治体などの公共団体も性別役割規範に適合するように賃金や雇用体系を決めていて、女性の賃金は低く抑えられている。独身女性が結婚相手の男性に高い年収を期待する三つめの理由がこれなんだ。
女性の低賃金は、雇用制度や社会規範に規定されている。
【木下】その、性別なんたらを変えるっていうのはどうですか。「男は外で仕事」っていう考え方から自由になって、男も女も外で仕事をする、家でも二人で家事・育児をするっていう、そういう新しいライフ・スタイルでやっていくっていうのはどうですか。
【山田】「頑張れ」と励ましてあげたいんだが、社会規範は人々の考え・行動にしっかりと根を張っていて変化させにくいんだよ。どの社会規範も他のさまざまな規範や制度と相互に影響を与え合いながら長い年月をかけて形成されてきたものだから、現に存在するさまざまな社会制度にピッタリ合っていて、たいていの場合多くの人々の利益になるように働いている。そのためそれを変えるってことは長い時間をかけても非常に難しいし、短期的には不可能だろうね。
まあだからこそ社会が安定して、人々も安心して暮らすことができるっていう利点もある、というよりこれこそが社会規範の重要なハタラキなんだけどもね。
【木下】社会全体が変わるっていうのは難しいかもしれないけれども、僕だけでも始めるってことはできると思うんだけどなぁ。
【山田】言うは易し、行うは難しで、会社で働いたうえに、家で家事育児をするっていうのは大変だぞ。正社員だとまず無理だろうね。残業が毎日2時間くらいあるのが普通で、残業が深夜にまで及ぶこともちょくちょくある。仕事が終わればヘトヘトで家事どころではないだろう。
【木下】毎日残業っていう男の働き方も、性別なんたらに対応しているんですね。
【山田】そうなんだ。企業は伝統的な性別役割規範に合わせて、性によって働かせ方を変えているんだ。
大卒男性正社員つまり幹部候補生については長時間働かせ、将来の管理職として訓練し、年功によって昇進させ、定年まで働いてもらう。女性はパートタイマーなど低賃金労働者として、企業が必要とする時に一時的に働かせる。パートより給料の高い女性正社員については結婚や出産を機に辞めてもらう。勤続年数が短いので昇進させる必要もなく、コピー取りなど補助的作業に従事する者として位置づけられるので、給料を安く抑えることができるんだ。
雇用機会均等法施行後はこうした露骨な差別はなくなりつつあるんだが、コース別人事など差別的なしくみがまだ残っていて、いまだに女性は低賃金で、昇進も難しい。それは木下くんも知っているよね。
女性正社員の給料は、男性正社員の7割
【木下】ええ。でも女性の給料が安いっていうのはよく聞きますが、実際どれくらい安いんですか。
【山田】厚生労働省の調査によると2010年の女性正社員(※1)の月給(※2)は平均26万1800円で、男性正社員(※3)の月給(※2)は平均37万1200円だそうだ。男性正社員の給与額を100とすると女性正社員の給与額は70.5となる。ただし月給のほかにボーナスなどがあり、その年間支給額(※4)は女性正社員で平均65万2100円、男性正社員で平均97万9400円にのぼる。ボーナスを含めた年収で比較するともっと差が開くんだ。(厚生労働省「賃金構造基本統計調査」)。
【木下】月給26万円ですか。結構いい金額ですね。12ヵ月でいくらになるのかな、この電卓借りますよ。314万1600円か。ボーナスを加えると379万3700円。これだったら二人合わせて500万てのは軽くクリアしますね。
【山田】この金額は40代、50代まで含んだ全体の平均だからね。25〜29歳だと月給22万2200円(※5)になる。同じ年齢の男性正社員の月給(※5)は24万800円で、これを100とすると女性正社員の給与額は92.3となる。20代ではあまり差がないんだね。勤続年数が増えるにつれて、どんどん差がついてゆくというわけだ。コース別人事のために、女性の多くは昇進しないからね。
【木下】月給22万でも、年収にすると264万円ですよ。男も同じくらい稼げば目標の500万を超えますね。でも多くの女性は非正規で、給料が安いんでしょ。
女性パートの給料は、男性正社員の4分の1以下
【山田】そのとおり。では次に非正規の女性労働者についてみてみよう。まずは人数だが2010年の女性雇用者数(※6)は2263万人で、そのうち正規従業員は1046万人、非正規従業員は1218万人となっている。非正規従業員の構成比率は53.8%で、女性従業員の半数以上が非正規労働者だ。(総務省「労働力調査」)。
では非正規の女性従業員を女性パート(※7)で代表させて、賃金格差をみてみよう。まず女性パートの人数だが、2010年で966万人で、これは女性雇用者全体の43%に上る。さてこの年の女性パートの時給は979円だから、1日8時間、月に20日、計160時間働くと仮定すると、月給は15万6640円となる。先ほどの男性正社員の給与額を100とすると、女性パートの給与額は42.2となる。約4割だ。
【木下】その額で計算すると1年で187万9680円、約188万か。500万円にするには男が212万円以上稼げばいいと。12で割って月額17万6666円。これならできそうだ。
【山田】ところが実際には女性パートはそれほど働いていないんだ。厚生労働省の調査によれば女性パートは平均1日5.2時間、月17.4日しか働いていなくて、月間労働時間は90.48時間しかない。これで計算すると月給は8万8580円で、男性正社員の23.9%でしかない。(厚生労働省「賃金構造基本統計調査」2010年)
それにさっき「女性パートはそれほど働いていない」と言ったが、「月160時間を望んでも、働かしてもらえない」という場合が多いんじゃないかな。どれほど働けるかは会社の都合に左右されるからね。
注:男性正社員の給与には残業代も含まれている。公平性に欠けるという読者のために、男性正社員の労働時間から残業時間を除き、女性パートも男性正社員と同じ時間働いたものとして計算してみよう。残業時間を差し引いた男性正社員の所定内労働時間は166時間で、所定内給与額は33万8500円である。女性パートが同じ166時間働くとするとその給与額は16万2514円となる。男性正社員の所定内給与額を100とすると、女性パートの給与額は48.0で、こうした仮定をしても半分にも満たない。
※1引用文献では「女性一般労働者の正社員・正職員」
※2引用文献では「毎月きまって支給する現金給与額」と表記されていて、これには残業代が含まれている。
※3引用文献では「男性一般労働者の正社員・正職員」
※4引用文献では「年間賞与その他の特別給与額」
※5正確には「所定内給与額」で、所定内実労働時間に対して支払われる給与のこと。残業代が含まれていない給与額。
※6正確には「役員を除く女性雇用者数」
※7引用文献では「短時間雇用者」
参考文献:財団法人21世紀職業財団 2011年 『女性労働の分析2010年』
(つづく)