現在の労働問題の根源を辿り職場の民主主義再生の立脚点を見つめる
『新編 民主主義は工場の門前で立ちすくむ』(熊沢誠著/社会思想社)
『新編 民主主義は工場の門前で立ちすくむ』は、労働経済学者である熊澤誠氏による1冊。刊行は今からおよそ30年前の1993年。先日、明治大学で行われた最終講義で著者は現在の労働者を取り巻く情勢の根源は1980年代にあるとした。本書はそんな1980年代の熊澤氏の講演・論文を集めたもの。新編になるにあたり、東芝府中人権裁判鑑定意見書(1992年)などが加えられている。
■今と変わらぬ40年前のパワハラの手法
東芝府中人権裁判の鑑定意見書は1992年のものだが、実際の事件が起こったのは1982年のことだ。反原発など会社の思想と相反する思想を持つ労働者が、優秀な技術を有していたにもかかわらず、「無能」であると評価を受け続け、虐められ人権を否定されるような扱いを受け続けた末に暴行を受け心因反応で欠勤するに至った。
この事件は所謂パワハラの責任を会社に問う裁判だが、驚くべきは40年以上も前の事件であるにも関わらず、その手法が現代と何ら変わりないものであるという点だ。些細なミスをあげつらうなどし執拗に始末書や反省文を書かされ、職場八分にされ無視をされ、行動は細かく監視された。指導の名を借りた長時間にわたる激しい叱責も行われている。
■労働者に労働力のみならず人生・人格をも捧げろと迫る使用者との闘い
私たち労働者が使用者に売っているものはあくまで労働力であって、人格や思想・信条、人としての尊厳ではない。熊澤氏は意見書で「狭義の職務上の要請に十分に応えることのできない従業員が不利な処遇を受けることは、ひとまず正当としよう」とし、「企業社会や仕事へのコミットメントの深浅を選ぶ労働者の自由を否定することは許されない」と主張した。
企業の労務管理の名の下に労働者個人の人権が損なわれてはならないと訴える裁判だった。繰り返すが、原告である上野氏は決して仕事のできない労働者ではなかった。しかし、企業の理念に共鳴せず公然と社内組合批判をするなどしたため、企業から「異端児」と見なされ徹底的に差別・排除された。その手法は恣意的な人事考課で「無能」の烙印を押し、職場集団の力を使い職場にいられない状況を作り出すというものだ。繰り返すが今私たちの職場で起こっていることと何ら変わりはない。そして、それらは企業の正当な労務管理の下で公然と行われている。この状態はもはや職場ファシズムとすら呼べないだろうか。
主に東芝府中人権裁判について触れたが、本書で触れられている問題はどれも古くて新しい。派遣労働者の問題、非正規差別、縮小する公共サービス、労働組合の組織率の低下、残念ながら、本書で提起、危惧されていた問題は何れも解決しないどころか悪化の一途を辿っているといわざるを得ない。
80年代に端を発する労働環境の悪化が社会全体を蝕み続けている。職場から民主主義が損なわれ、社会からも損なわれつつある。労働運動には足下から民主主義を再生する力がある。本書を読むことで民主主義再生の立脚点を明確にすることができる。熊澤氏が最終講義で「社会を大いに騒乱すべし」と労働組合に対して送ったメッセージが強く印象に残っている。今私たちに必要なのは、空気を読まず、おかしいことをおかしいと言い続け、会社を社会を、世の中を変革する社会的労働運動を展開することだ。
稲葉一良(書記長)
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撮影:今井明