『退職代行』(小澤亜季子著/SB新書)
皆さんは、退職代行という言葉をご存じでしょうか。読んで字のごとく、「退職」を「代行」するサービスです。近年この退職代行へのニーズが高まっているというのです。労働基準法では、その最も重い罰則として強制労働を強く禁じており、自由意志による退職は当然の権利として認められています。それにも関わらず、どうして退職代行の需要が伸びているのでしょうか。今回は小澤亜季子弁護士による『退職代行』についてレビューをしたいと思います。
■退職したくてもできない仕組み
退職代行を利用する層は、比較的真面目な人が多く、退職の連絡をするのがめんどくさい、なんだか気まずいなど、いわゆる「だらしのない人」が退職代行を使うようなイメージは誤りなのだと著者はいいます。その背景には、上司や社長からのパワハラや、退職届を受け取ってもらえない、退職の意思を伝えると報復を示唆される、不利な内容の書面へのサインを求められるなど、様々な問題が隠れています。残業代を請求したいという方もいます。また、長時間労働による体調不良やメンタル不調に悩まされる方も多いのだといいます。辞められないのは甘えでも「自己責任」でもないのです。
■非弁業者の危険性
この退職代行サービスですが、弁護士法に反する「非弁業者」による違法で質の低いサービスが横行し、様々なトラブルの元となっています。そもそも、弁護士以外が労働者を代理して交渉することは違法なので、弁護士でない退職代行というのはその時点で相当にいかがわしいものに思えます。交渉をすることができないため、会社が退職に難色を示すと途中で投げ出してしまったり、本人は退職したと思っていたものの会社に伝わっていなかったりと、業者にお金だけ取られ退職することが出来ないケースも後を絶たないのだといいます。
■「まっとうな」退職代行サービスの実態
その点、弁護士ならば法律の専門家として会社と交渉し、トラブルがあった場合も円満に解決できることが多いのだと著者は言います。とはいえ、本書を読んで、弁護士が行う退職代行サービスにも問題があることがわかりました。実際に著者も、メンタルヘルスの不調があると思われる労働者に「損害賠償を請求される」として、会社の意をくんで無理に引き継ぎをさせたり、会社にも相当の責任もあると知りながらも訴訟を避けるために仕事のミスで賠償金を請求されたことに対し「解決金を支払って」和解するなど、私たち労働組合ならば「やるべきではない」解決をしている様子も記されています。
■弁護士が行うことの限界
このようなことが起こってしまうのは、どうしてなのでしょうか。退職代行は低額で行っているという筆者ですが、訴訟に移行すれば当然、別途弁護士費用が発生するため、原則話し合いでの解決を目指すほかありません。低額サービスが前提の退職代行では、訴訟へのハードルはとても高くなります。どうしても話し合いだけで解決しようと考えれば、相手に譲歩してしまうのでしょう。実際に本書からも、弁護士が依頼主と会社の板挟みで十分に交渉し切れていない様子が垣間見えました。弁護士による退職代行サービスには、このように様々な限界があるのだと思います。
退職に係るこれらの問題は、本来労働組合が取り組むべきことだと思います。ただし、最近では「退職代行」サービスの隠れ蓑としてユニオンを名乗る例も見受けられます。労働組合に与えられた権利をこのような形で乱用するならば、非弁業者と何ら変わりはありません。労働組合の本義は労働条件の維持向上です。真面目に労働問題に取り組む組合が、退職の相談を受けるなかで問題の解決の方法を本人と共に探っていく必要があるのではないでしょうか。本人の意思を尊重するのは言うまでもないことですが、ハラスメントや長時間無賃労働といった、根本の問題を解決することで、「働き続けられる」職場に変えていくこともできるのです。
稲葉一良(書記長)