妻のキャリアのため仕事を犠牲にした夫の気持ちから見えてくる現代の「生きづらさ」
『妻に稼がれる夫のジレンマ』(小西一禎著/ちくま新書)
「『男子たるもの一家の大黒柱であるべき』などとという価値観はもはや過去の遺物である」と本当に言い切ることができるだろうか。
男女雇用機会均等法の制定・施行からもうじき40年が経過しようとしているが、性別による賃金格差や正規・非正規割合をみれば未だにこの社会は「男は稼ぎ手」という価値観に支配されていることがよく分かる。『妻に稼がれる夫のジレンマ 共働き夫婦の性別役割意識を巡って』は、小西一禎氏による著書。
共同通信の記者であった同氏は「配偶者海外転勤同行休職制度」を活用し、妻・二児とともに渡米し、そこでアイデンティティーの喪失を経験する。同時に旧来型の性別役割分担意識が深く自身に根付いていることを自覚し、同様の境遇にある「駐夫(ちゅうおっと)」とのネットワークを構築する。本書はそのネットワークの仲間たちへの取材を通じてキャリアの途中で「男を降りた」男性たちの喪失と葛藤、再生を描きだした1冊だ。
■勝ち組男性を突如襲うアイデンティティーの喪失
本書で登場する男性達はおおむね、大企業に正社員として勤める、いわゆる「典型的な勝ち組男性」、その意味で敢えていうなれば「男の中の男」だ。彼らはそのキャリアを順調に歩むなか、妻の転勤などに帯同するという選択を取り、結果としてキャリアに対する不安に怯え、自分自身のアイデンティティーの喪失や居場所を失ったような感覚を覚えると同時に、時に妻への嫉妬心、敵愾心のような気持ちも芽生え、時にメンタルに不調をきたした。
このうち約半数は会社の休職制度を使っており、職を失うなどしていないにも関わらずだ。このことから2つの視点が浮かび上がる。
■「キャリアの喪失による過大なダメージ」から浮き彫りになる社会の不均衡
まず、1つめは性別を入れ替えて見てみると、これと似たようなことは世の働く女性たちに絶えず起こり続けていてることだ。そもそも、採用の段階から性差別は根強く残っており、女性はキャリアのスタートラインから不利な闘いを強いられているのだが、本書の男性たちの多くは、そのことが本人に降りかかってはじめて狼狽し慌てふためき問題を意識するに至る。
世の男性たちがいかに自身の特権性に無自覚であるかということ、家事をはじめとする女性的ジェンダーロールをいかに軽視し、見下していたかを顕著に表すものではないだろうか。本書で語られるのは男性の経験だが、女性に置き換えて読むと、当初、過大に被害的に受け止めがちになる男性の感じ方から社会の不均衡が浮き彫りになってくる。
■男は仕事という価値観は多くの男性をも苦しめている
2つめは、このような「駐夫」の感じた喪失感などは不安定就労を強いられるいわゆる「勝ち組」になれなかった男性たちにも絶えずつきまとうものであるということだ。
例えば、正社員になれない、それどころか安定して就労することも難しい、場合によっては仕事が見つからないというときに「男は仕事」という価値観は自分自身に牙を剥く。男としてあるべきと世の価値観が規定する姿(実はそれを体現できるのはひと握りであるにも関わらず)と自分自身の現状とのギャップに追い詰められ、心を病み、最悪の場合自死に追い込まれるものもいる。このことは格差が拡大し不安定就労層が広がり続ける現代で日に日に深刻さを増している。
家父長制に基づく性別役割意識は女性を抑圧するのはもちろんのこと男性をも苦しめるものだ。「勝ち組以外はみんな負け」の価値観の世の中で、真に生きやすさを感じることができる人はどれほどいるだろうか。勝ち組になったとてそこに居続ける闘いは続く。本書を読むと現代の労働者の「生きづらさ」の根幹が見えてくる。
稲葉一良(書記長)
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