プレカリアートユニオンブログ

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「山田結婚相談所 非正規は結婚できないって本当ですか。」第4話

山田結婚相談所 非正規は結婚できないって本当ですか。
第4話「男なみに働いているのに、女性の給料が安いのはどうしてですか。山田先生。」
道用和男

前回までの展開
山田が所長を務める山田結婚相談所に友人の木下がやって来た。木下は29歳独身、派遣で働き年収は140万円しかなく、結婚できるのか不安だという。そこで山田が独身女性の結婚観を解説した。青森県の若い独身女性の53%は、結婚相手の男性に年収400万円以上を望み、東京都の独身女性の39%は年収600万円以上を望んでいる。独身女性が男性に高収入を望む理由は三つある。一つめは、女性たちが親との同居で高い生活レベルを享受しているため、結婚生活への期待水準が高くなること。二つめは育児費用が高いうえに、子育てへの期待水準も高いこと。三つめは、性別役割分業規範と女性の低賃金のために、家計を支えるには男性の収入に頼らざるを得ないことだ。そして山田先生は言う。「女性パートの平均月給は8万8580円で、男性正社員の23.9%でしかない。」

【木下】月給8万8580円か。女性パートも厳しいなあ。年収にすると106万2960円か。二人合わせて500万円にするには、男が394万円を稼がなくっちゃいけない。さっき(第1話)の「結婚相手の男性に期待する年収」ってのとだいたい同じだ。コイツは無理だなあ。
【山田】たしかにね。男性も非正規労働者だと、夫婦二人で働いたとしても年収500万円を確保するのは難しいだろう。そしてつき合っている男性が非正規労働者だとして、具体的に結婚を考え始めると、「これでは生活や子育てが成り立たない、せめて男性に年収400万円くらいの稼ぎがないと幸せな結婚生活は無理だ」と多くの女性が思うのだろう。そうなると木下くんが言うような、夫婦がともに働いて250万円ずつ稼ぎ、年収500万円で生活するなんてことは考えつきもしないだろう。この低賃金ではね。
■男性と同じ仕事をしているのに、女性には昇進も昇給もない。
【木下】でもね、先生。反論じゃないんですけど、女性パートがやってる仕事と正社員がやってる仕事はぜんぜん違いますよね。それに正社員でも男と女では仕事の中身がかなり違いますよ。だから女性の給料が安いっていうのは、僕は納得するんですけど。
【山田】たしかに女性パートのイメージは、スーパーのレジ打ちだとか飲食店のウェイトレスだとか、それから商店の販売員とか、補助的な業務をやっているイメージだよね。そして男性正社員の場合は、新規事業の企画とか顧客開拓とか、そういった基幹的業務を担っているっていうイメージが確かにあるね。
【木下】そうでしょう。男と女では仕事がぜんぜん違うでしょ。
【山田】だけど女性でも、男性とまったく変わらない仕事をしている人もいるんだよ。それなのに給料は男性よりも安いという例もあるんだ。
【木下】へえー、そんなことがあるんですか。
【山田】具体例があるので、その話をしよう。長迫忍さんという人の例なんだが、長迫さんは約30年前に中国電力に入社し、20年前からは男性と同じ業務を担当してきたんだ。けれど何年たっても昇格も昇進もない。その結果、同期入社の男性社員と比べて賃金が低いという差別が続いているんだ。
 そのうえ長迫さんが13年間同じ職能等級に留め置かれている間に、10歳年下の後輩男性が長迫さんを飛び越えて管理職に就いた。これは長迫さんに限った話ではなく、同期・同学歴の男性は半数以上が管理職になったのに、管理職になった女性は今まで2人しかいないという。
 そこで長迫さんは、昇格や賃金に差別があるとして2008年に中国電力を訴えた。そして広島地裁も、女性が男性より平均して昇格が遅く男女差があることを判決で認めたんだ。しかし他方では「これは女性差別ではない」と長迫さんの訴えを退けた。長迫さんが昇格しないのは個別の人事評価の結果であると言ってね。(『毎日新聞』2011年12月27日付朝刊)。
【木下】男女差があるが、女性差別ではない。わけが分からん。
【山田】長迫さんだけでなく、他にも多くの女性が差別を理由に提訴しているんだが、どんなものがあったかな。ちょっとインターネットで調べてみよう。
 ああ、これだ。たとえば内山工業男女差別裁判というのがあって、2007年に最高裁で判決が出ていて、原告の女性が勝訴している。
 そのほか芝信用金庫差額賃金等請求裁判、これは2000年に東京高裁で判決が出ている。シャープエレクトロニクスマーケティング裁判も同じ2000年に大阪地裁で、塩野義製薬差額賃金等請求裁判は1999年に大阪地裁で判決が出ている。
 これらすべての裁判で原告の女性たちが勝訴しているんだ。どの裁判所も差別を認定し、昇格・昇進していればもらえただろう給料との差額の支払いや、昇格・昇進を命じているんだよ。
【木下】ぜんぶ最近の裁判ですねえ。均等法ができてからかなり経つのに、ケチな経営者が多いんですねえ。

男女雇用機会均等法に違反しても、その罰は軽い。
【山田】1986年施行の旧均等法は、女性を男性と均等に処遇するよう努力しなさいという努力義務を課しただけで、差別を禁止しなかったからね。そのうえ違反者への罰則もないという、ひどい法律だったんだ。
 それに「ケチな経営者」って言うけど、ケチっていう言葉じゃ足りないね。この経営者たちのやり方は卑劣でもあると思うよ。女性を男なみに働かせるが男性より安い給料しか支払わないっていう不公正な決定したんだから。
 それに均等法違反の経営を続けたという意味では犯罪者でもある。でも当時は均等法に罰則規定がなかったから、この犯罪者たちは処罰されなかったんだ。
【木下】経営者はやりたい放題だったってわけですね。女性を安く使えば利益が増える。差別しなけりゃ損だっていうくらいでしょ。
【山田】そこで均等法を改正し(1999年施行)、違反事業所の名前を公表できるっていう条文を加えたんだ。しかし罰則規定は付けなかった。
【木下】「公表されると恥ずかしい」ってことを狙ったんだろうけど。女性を安く使って利益を上げようっていう経営者が、こんな程度で差別をやめるのかなあ。
【山田】ある程度の効果はあるようだ。 2010年度の数字だが全国の雇用均等室は、3995の違反事業所に対して1万1300件の是正指導を行い、その約9割が是正されたという(厚生労働省ホームページ「平成22年度 雇用均等室における法施行状況」)。けれど9割是正ってことは、残りの1割は是正されず、差別状態が続いているっていうことでもあるよね。
 この是正指導のうち、募集・採用についての指導は255件、配置・昇進・降格・教育訓練等についての指導は114件、間接差別についての指導は3件だった。
 それに対して同じ2010年度で、募集・採用差別についての相談が1244件、配置・昇進・降格・教育訓練等での差別についての相談が561件、間接差別についての相談が82件あったんだ。
 すべての項目で相談件数が指導件数を上回っていて、差別企業の数が雇用均等室の能力を超えているんだろうと私は推測しているんだ。この統計からも賃金差別や昇進差別はまだまだ多くて、均等法は遵守されていないように思うね。
【木下】そうでしょうねえ。さっきの裁判の例を見ても、均等法が守られているなんてゼンゼン思えませんよ。
【山田】さてその後政府は再び均等法を改正して(2007年施行)、やっと罰則を付けたんだ。でもこの罰則は、厚生労働大臣が事業主に報告を求めたときに、報告しなかった場合や虚偽の報告をした場合に罰金を科すというもので、その罰金額も20万円以下という非常に軽いものだ。
 そのうえ均等法の核心部分、「事業主は、労働者の募集及び採用について、その性別にかかわりなく均等な機会を与えなければならない。」とした第5条や、「事業主は、…、労働者の性別を理由として、差別的取扱いをしてはならない。」という第6条、それから間接差別を禁止した第7条に対しては、なんと罰則がない。驚きだね。均等法で最も重要な条文に違反しても、経営者は処罰されないっていうんだから。政府や国会議員はいったい何を考えているんだろう。
【木下】罰がなきゃ法律を守るわけないっすよ。法律を破ったほうが利益が出るんだから。ぜったい罰則をつけなきゃ。それも重いやつ。法律を破ろうなんて思えないほどのね。

■雇用均等室に取り締まり権限を与え、監督機能を強化しよう。
【山田】私も罰則強化に賛成だ。罰則には違反を抑止する効果があるからね。ただ罰則だけではそれほど違反企業は減らないと思うよ。さっき話したが、違反企業に対してはその名前を公表できるんだが、これまでにいったい何件公表されたと思う、木下くん。なんと99年の施行以来1件もないんだ。
【木下】ええっ、1件もないんですか。信じられない。差別企業だらけなのに。
【山田】そうなんだ。是正指導に従わない企業が毎年1割あるというのに公表しないんだ。均等法の運用に問題があると思うよ。たとえば運用基準が企業に甘いとか。ほかに組織上の問題もありそうだ。職員が足りないとか、予算が足りないとか。まあこれは推測だから、実際に調べてみなければ、どんな理由で違反企業名を公表しないのか分からないけれどね。
 いずれにせよ違反企業取り締まりには、雇用均等室の監督機能を強化する必要があるだろう。それには罰則強化だけでなく、職員の増員や予算の増額、違反企業摘発のための組織改編なども必要だろうね。

■コース別雇用管理で、経営者は女性差別を隠蔽している
【山田】ところで男女雇用機会均等法には別の効果があって、制定された後にコース別雇用管理制度を導入する企業が増えたんだ。ただこれは前より悪質になったと言ったほうがいいだろうね。この制度には女性差別を隠してしまう効果があるからね。
 コース別雇用管理制度について説明すると、男女正社員を総合職と一般職に振り分け、それぞれ別の業務に従事させるという制度なんだ。総合職は企画立案・対外折衝など総合的な判断を要する業務や基幹的業務に従事し、管理職への昇進がある。他方一般職は主に補助的・定型的業務に従事し、管理職になれない。
 そしてここがミソなんだが、総合職には転居を伴う転勤があり、一般職には転居を伴う転勤がないと定めている企業が多いんだ。
【木下】なるほどねえ。女性にとって転勤は難しいですよね。家庭責任があるし、どこに住むかは夫の職場で決まってくるし。転勤を命じられても女性は断るしかないというわけですね。女性が総合職で働きたいと思ってもあきらめるしかない、一般職を選ぶしかないってことですね。
【山田】そうなんだ。そして多くの企業が総合職に男性を、一般職に女性を振り分けている。それにもかかわらずコース別雇用管理制度は女性を差別するものではないと企業は言っている。なんとこの主張を内閣府男女雇用均等局なども認めていて、総合職と一般職の処遇の違いは「性別によるもの」ではなく、「職務によるもの」で、これは差別ではない、なんて言ってるんだ。
【木下】へえ、そうなんですか。女性は自ら進んで一般職に就いているっていうんですか。
【山田】まあそれについても話したいのだが、まずは具体例を見てみよう。

■同一価値労働同一賃金の法理で、最高裁はコース別雇用管理を違法とした。
【山田】また裁判の話になるんだが、兼松男女差別賃金訴訟判決が画期的なので、これを取り上げてみよう。この訴訟は、大手総合商社「兼松」の社員・元社員の女性が、コース別雇用管理によって生じた賃金格差は差別であり違法だとして、賃金格差にあたる金額の支払いなどを求めた訴訟なんだ。
 兼松は、全国転勤があり昇進もある一般職と、転勤も昇進もない事務職とのコース別雇用管理制度を導入し、男性を一般職に、女性を事務職に振り分けたんだ。そして事務職の女性が定年まで働いても、27歳の一般職男性と同じ賃金にもならないというほど大きな格差が生じていたという。
【木下】それで判決はどうなったんですか。女性たちが勝ったんですか。
【山田】当然原告女性が勝訴したよ。2009年に最高裁が上告を棄却し、東京高裁の判決が確定してね。その高裁の判決なんだが、一般職が担当する成約業務と、事務職が担当する履行業務は同等の価値を有する、したがってコース別賃金制度は労働基準法第4条違反の賃金差別であるというものだった。そして高裁は、原告女性たちに損害金などを支払えと兼松に命じたんだ。
【木下】ウチはコース別雇用管理なんだ。男と女とでは仕事が違うんだ。だから女性の給料も安いんだ。なんて会社が言い張っても、やってる仕事の価値が同じだったら、それは差別になるってわけですね。そうこなくっちゃ。
僕がやってる派遣もそうで、工場で同じ仕事をやってても、正社員のほうが給料がいいし、ボーナスもあるし、昇進もするし。おかしいっすよ。
【山田】そうだね。この問題は女性だけの問題ではなくて、パートタイム労働者や派遣労働者の問題でもあるね。
 確かにこれも重要な問題なんだが、話が長くなるから裁判の話に戻すと、さっきの判決の考え方、職務が異なってもその価値が同じならば同じ賃金を払わなくてはならないという考え方を、「同一価値労働同一賃金」と言うんだよ。この考え方は、国際労働機関(ILO)の同一報酬条約(第100号条約)にも規定されているし、女性差別撤廃条約もこの原則を採用している。(※注1)
【木下】日本はこの条約に入ってないんでしょ。差別だらけなんだから。
【山田】ところが日本は、同一報酬条約については1967年に批准していて、女性差別撤廃条約も85年に批准しているんだ。しかし木下くんが言うとおり、差別的な雇用管理や労働者派遣がまかり通っている。
 それなのに厚生労働省の安藤よし子雇用均等政策課長は、「労基法4条は同一価値労働同一賃金の原則を含んでおり、新しい法令は必要ない」なんて言ってて、この原則を日本社会で実現しようとは思ってないらしい。(『朝日新聞』2007年10月26日付3面)

■同一価値労働同一賃金の実現には、新法と監督体制の充実が必要だ。
【木下】その労基法4条ってどんな法律なんですか。
【山田】労働基準法第4条のことなんだが、ちょっと読み上げてみよう。「使用者は、労働者が女性であることを理由として、賃金について、男性と差別的取扱いをしてはならない」。この条文が反故同然になってるってことは、これまでの話でわかるだろ。ILOもまた昨年11月、法律の規定が不十分だと日本政府に勧告したくらいだよ。(『東京新聞』2012年2月17日付)
 では違反企業の監督・取締りについて見てみよう。労働基準監督署が4条違反で行政指導を行った件数についてなんだが、2005年にはわずか10件しかない(ILO「条約勧告適用専門家委員会報告」2008年3月)。さまざまな調査で女性差別が指摘され、いくつもの性差別裁判が提起されているのにね。この数字が示しているのは、法の不備と監督体制の欠如だと私は思うんだ。労働基準法男女雇用機会均等法には欠陥があるし、差別是正に必要な国内法規も不備だし、監督体制も不十分極まりないというのが私の認識だ。
 一つひとつの職務にどれほどの価値があるのかといった、労働の価値を比較するための基準を定めた法律や、違反者を罰する法律をぜひ作る必要がある。作らなければ企業はコース別雇用管理を続けるだろうし、監督官庁は違反企業への指導や取締りを行わないだろう。今のままでは女性や非正規労働者を差別し、低賃金でこき使う企業がはびこり続けることになってしまう。(第5話につづく)

※1 両条約では「同一価値労働同一報酬」と表現している。賃金以外の報酬、たとえば現物給付などを含む規定なので、この表現となっている。