プレカリアートユニオンブログ

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海を受け取る私たちへのメッセージ。『海をあげる』(上間陽子著/筑摩書房)

海を受け取る私たちへのメッセージ
『海をあげる』(上間陽子著/筑摩書房

 2020年11月半ばの土曜日に「今日はゆっくり本が読めるな」と、少し前に上間陽子さんが書かれたノンフィクション『裸足で逃げる沖縄の夜の街の少女たち』を読んでいたけれど、それとは違うホッとするような安らげる本、くらいの気持ちでエッセイ集『海をあげる』を読み始めた。しかしすぐに「これは凪ないだ海の話じゃないんだ」と気づいた。読むのにこんなにエネルギーを必要とする本だったとは。せめてもの救いは自宅で読み始めたこと。私は最初から最後まで号泣し、読み終わったときにはへとへとだった。へとへとな自分に「この海をひとりで抱えることはもうできない。だからあなたに海をあげる」と真っ暗な海の中でまっすぐに視線を合わせて言われたように感じた。

■凪いだ海ではなく、荒波だった
 この本には、タイトル『海をあげる』を含む12のエッセイが収録されている。最初の『美味しいごはん』は、上間さんご自身の経験が書かれているのだが、読んでいると私自身の経験が思い出され、「毎日ご飯を食べると約束しなさい」と電話で言ってくれた父の声や、お昼や夜にご飯を食べに誘ってくれた同僚たちの顔が次々に浮かび、その時の感情がよみがえり、涙が止まらなくなった。まるで、凪いだ海にボートを漕ぎだしたと思ったのに、荒波でボートは激しく揺れ始めたように感じた。
 『美味しいごはん』は、上間さんがどういう人たちを大事に思い、どういうつながりを大事にしているか、その基には語られた経験があり、今のお仕事や力を入れていることにつながっていることがとてもよくわかった。

■沖縄の深い海
 他のエッセイでは、沖縄で暮らす中で、生きていくということは、何を大事にして、大事に思うからこそ何に苦しむのかを、生々しく、飾ることなく綴られている。その中に、「日本という国と沖縄県」の関係の比喩かな?と感じる文章や、本来沖縄の人同士がいがみ合ったり傷付け合ったりする必要はまったくないのに、外から持ち込まれた分断があちこちに見られる状況を教えてくれる描写がある。
 『何も響かない』は、読んでいると深い海の中にいるような感覚になる。上間さんが聞き取り調査をして、寄り添いをしている女性たちの一人である七海さんが「期待して裏切られて傷ついて、周りに不信感を抱き深く沈む」様子は、何度も米軍基地はいらない、減らして、新しい基地は作らないでと民主主義のルールに則って声をあげている沖縄と重なる。
 『アリエルの王国』には、2018年2月24日の辺野古新基地建設の是非を問う県民投票で、反対の民意が示されたにも関わらず、土砂が投入された日のことが綴られている。上間さんの娘、風花さんが「ケーサツは怖かった?」と上間さんに聞く。「今日はみんな優しかったよ。ケーサツのひとも、今日は静かだったよ」と報告する。この描写はまるで警察官である沖縄県民は、好き好んで基地建設に反対の声をあげる沖縄県民を日々排除しているわけではないことを教えてくれているようだった。
 『海をあげる』には、「沖縄で基地と暮らすひとびとの語らなさの方が目についた」とある。2016年に20歳の女性がウォーキング中、米軍の元兵士に殺される事件があったが、その同じコースを自分も歩いていたという女性は、「事件を怖いと思ったこと、だから自分で自衛したい」としか語らなかったという。沖縄の人たちを黙らせているのは誰なのか、読み手である私たちに問いかけていると感じた。

■沖縄の暮らしとともにあるもの
 あとがきの後ろに、上間さんがこの本を書くことと関連した聞き取り調査の日付が掲載されている。これだけの回数の調査をして、聞き取りをした相手に、助けが必要であれば病院に付き添い、家に行って関係する人と話すこともされている。上間さんの本業である大学の仕事もしつつ、主に若くして妊娠、出産をした女性たちに聞き取りの調査をしている。娘・風花さんにとっての困難は、立ち向かっていけるくらいになってからきますようにという願いも綴られているが、沖縄で暮らす人たちにとって“米軍基地問題”は新聞やネットで議論されるだけで自分の生活と離れたものではなく、常にそこにあるものでだからこそ向き合わざるを得ないものだとわかる。自分が大切に思う人がいるからこそ、この世の中が望む状態であったらいいと人は思う。あきらめたくないと思える。

レビューアー:安谷屋貴子(あだにや・たかこ)
NPO法人コミュニティ・オーガナイジング・ジャパン(COJ)代表理事。父親の出身地である沖縄で学生時代を過ごし、自らのルーツ探しと沖縄における米軍基地問題を学ぶ。2013年から福島県で復興支援員を務め、2017年からCOJ職員。

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